コロナウイルス発生から今に至るまで私の周りで起きたこと

新型肺炎コロナウイルス(Covid-19)が発生してから今に至るまで、私の周りで起きたことについてまとめてみました。長文です、お時間がある時にどうぞ。(※はっきりと記憶していない日付については〇月〇日”頃”としています)

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1月25日
この日は土曜日。お義母さんやお義姉ちゃん家族、夫側の親戚のご夫婦をうちに招いてアペロ。親戚のご夫婦の到着が遅れていていたので、テレビで中国のコロナウイルスのニュースをみんなで見ていた。武漢では病床が足りないため10日間で病院を建設するというニュースで、本当にそんな事ができるだろうか?と思っていたが、のちに本当に完成していた。もちろんその前からコロナウイルスについてはニュースでやっていたけれど、この時にみんなでぼんやりとテレビを見ていた光景が、何故かとても印象に残っている。

この頃からコロナウイルスの国内外の発生状況を毎日確認するようになる。

1月31日
やっと、世界保健機関(WHO)から「中華人民共和国湖北省武漢市における新型コロナウイルス関連肺炎に関する緊急事態宣言」が出される。

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2月4日~2月21日頃
ダイヤモンドプリンセスでの感染者発生から乗客の下船が完了するまでのニュースを毎日確認する。

2月20日
産後ケアのために全10回通う事になっている、Kiné(キネ / 運動療法士)のキャビネへ。療法士の方が具合が悪いとのことで、初回から同席しているスタージュのアシスタントに施術をしてもらう。まさかコロナウイルスじゃないよね?と思ったけれど、療法士は咳も出ていて「私は部屋を出るわね、終わった頃にまた来る」と言って部屋を出てくれたので安心する。

2月22日頃
この頃からフランス政府のコロナウイルスの特設サイトを確認するようになる。握手、ビズは控えるように。マスクについては、「症状がある者のみつけるように、医療従事者への配布を優先する」と書かれていたので、適切な対応だなと安心する。(適切な対応というのは、医療従事者なら薬局でマスクを買えるようにするという点。フランスやヨーロッパでは元々マスクをする習慣がないので、おそらく日本のように豊富な在庫はない。フランス国民へマスクをするように政府から伝えれば、マスク不足となり、当然マスクを必要とする職種へ行き渡らなくなってしまう。)

2月23日
名古屋のジムを利用した人から感染が広がっているニュースを見て、毎週プールへ通っている母はどうしているのか気になって、父に「お母さん最近プール行っている?」と聞く。「吹雪がやんだから(実家は札幌)明日行くみたいだよ。〇〇のプールでいつも人は少ないみたいだよ」との答え。名古屋のことを伝え「気をつけてね」と言ったけど、私が気にし過ぎなのか?塩素入っているからウイルスはプールの水で感染しないか、するとしたら更衣室かな?などと考える。

2月23日
イタリアで感染者が増えてきて、2/9から行われていたヴェニスのカーニバルが日程を残して中止になった。ちょうどその前の週にヴェニスのカーニバル行っていた知人がいたので心配になる。

2月25日
日本からハネムーンフォトを撮りにいらしたお客様のヘアメイクの仕事。私は普段はヘアメイク中はマスクはしないけれど、日本のデパートではBAさんがマスク必須で、さらにタッチアップはしないというニュースを見ていたので、初めてマスクをしてヘアメイクを行う。ヘアメイク前と後に手を洗うのはいつも通り。パリ市内でのフォトツアー中は外す。(フランスやヨーロッパではマスクをした人を見ると、逆に現地の人は不安に感じるので)この時はまだ日本の方が感染者が多かったので、日本からパリまでの空港利用や飛行機に乗るのは心配じゃなかったのかな?と思ったけれど、お客様は看護師と聞いて、やっぱり私が心配しすぎなのかな~と思う。(医療従事者が旅行するなら大丈夫なのかな、という考え)

2月26日
キネのキャビネへ、この日が最後の回。療法士の具合はよくなったみたい。ただ今度はアシスタントが咳をしていた。その後、キャビネから歩いてすぐの場所にあるポルドドレ宮でやっているクリスチャン・ルブタンのエクスポジションへ。初日なのに混んでいた。ちょうどパリはファッションウィーク。イタリアで感染者が増えてきていた頃だったので、この中にミラノから来たファッションウィークの関係者がいたら嫌だなぁ…と思いつつも、楽しく鑑賞する。笑

2月28日
北海道で非常事態宣言が出される。地方の知事がそんなことできるんだと出来るんだと驚くと同時に、少し安心する。

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3月2日
午後すごく頭が痛くなってきて、熱を測ったら37.2℃! めったに風邪もひかないし、熱あるかな?思っても絶対にいつも平熱なので、まさかコロナウイルス?!と驚いた。でも夕方3時間くらい寝たら治っていた。娘も左目がものもらいのような症状になって、薬剤師から勧めれた目薬をして1週間ほど経ったけど、なかなかよくならない。(この1~2日後くらいに治った。コロナウイルスの初期症状で結膜炎になることがあると聞いていたので心配していた)

3月3日
ひな祭りの日。ひな人形を飾っていたので、お義母さんをうちに招いてランチ。会ってすぐビズをしようとした私にフランス人であるお義母さんの方から「コロナウイルスが流行っているからやめておこう~」と言われて、つい忘れていたことに気づく。お義母さんは持病があるので、より慎重になっている。

3月4日
前から知人と約束をしていた、YOGAスタジオへヨガをしに行く日。元々は2/26に行く予定だったのだけど、私がキネの予約をしていたのを忘れていて、時間的に無理だったので変更。コロナウイルスの事があるから、どうしよう…と思いつつ、でも一度私の都合でキャンセルしたのに、また行くのを辞めるとは言いにくく、結局行く事にした。平日だし人数少ないかなぁ~と思っていたけど、意外にも15~20人くらい来ていて驚いた。終わった後、ヨガマットを各自除菌スプレー?をしてからタオルで拭いて終了。その後、知人の知り合いの店てランチ。そのお店の従業員のフランス人の方が、挨拶で手を差し出してきたので、反射的に握手をしてしまった。知人ともコロナウイルスの話になったけど、フランスはまだ全然気にしていないんだな~と感じた。帰りのメトロでマスク姿の観光客らしきアジア人女性が2人乗車してきたけど、意外にも周りの人達は無反応。ただフランス生活に慣れてしまったのか、私もマスクをしている人を見ると、とても不安に感じるということに気がついた。

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この頃、感じていたこと。私はInstagramで主に旅行が好きな人達をフォローしているので、1月末~2月、3月になってもまだ旅行をしている人達が多いのが気になっていた。空港利用や飛行機に乗るのは心配じゃないのかな? 彼らが大丈夫でも、自分が無症状のまま誰かに感染させてしまうことを不安に思わないのかな?と。でも批判的に思っていたわけではなくて、この時はまだ”フランスではインフルエンザで1年間に1万人が亡くなる”、と聞いていたので半信半疑だった。

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3月5日
奇跡的にも保育園が見つかり、娘を慣らし保育に連れて行く日。よりによってコロナウイルスが流行っているこんな時期に…と思ったけれど、かなり好条件の保育園。ここの空きを逃したら、さらに良い条件の保育園は絶対に見つからないので申し込む事にした。初回は親も一緒に1時間だけの滞在。保育園のアプリやエントランスにもコロナウイルスに対する注意書きがあった。だけど保育園に入ってからすぐ保育士が来て、私達も手を洗ったりすることもなく慣らし保育スタート。

3月6日
慣らし保育2日目。昨日は気がつかなかったけど、廊下にアルコールジェルが置いてあった。それを使ってから入室。だけど預けに来ている他の親御さんは使っている様子無し、上着のまま部屋に入り子供を預けていく。(保育園は外玄関でデジコード(暗証番号)を押す→内玄関のタブレットで子供の名前にタッチ→廊下に子供たちのコート掛けやロッカーがあるので、そこで上着を脱ぐ→保育室と、子供たちのいる部屋に入るまで3つドアがあるので、廊下で上着を脱いで、手を除菌してからお部屋に入る方がベターかな?と)

3月11日
2日前に、小学生の頃に虫歯治療した歯の被せ物が取れてしまい、Doctolibで急きょ予約した歯医者へ。ひとまず応急処置的なPansement(パンスモン / 詰め物)をしてもらう。パンスモンって絆創膏の意味でよく使うので、歯の詰め物もそう呼ぶことにちょっとびっくり。簡単に取れないか不安。次回、セラミックの型?を取って、その後に固定するとのこと。歯医者は予約が取りにくいので、すぐさま来週と再来週で予約を入れてもらった。フランスでは診察の前後に医師と握手をするけど、今日はお互いやめておこうという空気を感じた。(歯医者さんは反射的に手が出かかっていたけど、すぐこらえていた。笑)

3月12日
慣らし保育最終日。イタリアでの感染者が増えてきていたし、夜にマクロン大統領のテレビ演説があると知って、もしかしたら保育園は閉鎖になるかもなぁ~と思う。この日に保育園に持っていったばかりの新しい粉ミルクと哺乳瓶2本はやっぱり引き取ってこようかな?とちらっと思ったけど、結局そのままにして帰ってきてしまった。そして夜20時、3/16(月)から保育園~大学まですべての学校が休校となると発表された。テレビを見ながら夫が「うそ!」と叫んで頭をかかえていたので、逆にびっくり。「え、私はその話だと思っていたけど…」と言ったら、「本当にやるとは思わなかった…」との答え。私は日本で感染者が増えてきた頃から、いつかフランスにも絶対に来ると思って日々情報収集していたけど、フランス人の夫はまだそこまで実感がなかったみたい。私達が娘を預ける保育園はMicro-crèche(ミクロクレッシュ / 10人以下の小規模保育園)なのだけど、夫が「でもミクロクレッシュは10人以下だし少人数だから閉鎖はないかも」「いや、10人って普通に多いでしょ。Assistant maternel(アシスタントマテルネル / 3人以下を自宅で預かる保育士)みたいに2~3人が少人数じゃない?それでもリスクあると思うけど」と答える私。

3月13日
朝、保育園へ行き、昨日預けたばかりの新しい粉ミルクと哺乳瓶を返してもらう。保育園の閉鎖は最低でも1か月は続くだろうから、それなら家で消費した方がいいと思ったから。娘と一緒に行って「今日は預けない」と言ったら、保育士は理解するまで時間がかかっていた。この日は金曜日。保育園は土日休み、マクロン大統領の演説では来週の月曜日から学校を閉鎖するということだから、金曜日の今日はまだ預けられる。でも月曜日から閉鎖すると決まっている以上は、それだけコロナウイルスの脅威が迫っているということ?それなら今日から行かせない方がいいのでは?と思っていたので、保育士の反応にこちらがびっくりだった。夜、保育園からメールが来て「保健省の発表を受け、ミクロクレッシュは営業可能になった。3/17(火)から再開するから、預かるか否か、医療従事者かどうかについてのアンケートに日曜日までに回答して欲しい」とのこと。私は「預けたくない」、夫は「せっかく慣らし保育も終わったし保健省がいいと言っているなら大丈夫だろうから預けたい」と。意見が一致しないので、とりあえず日曜日まで回答は保留することにした。

3月14日
スペインでハネムーン旅行中のお客様から早朝にメールが届く。「アンダルシア地方へ3日間行く予定だったが、観光名所も全て閉鎖のため、今日バルセロナからパリへ行き、予定を早めて帰国したいので3/18(水)のハネムーンフォトを、3/15(日)か3/16(月)に変更して欲しい」とのこと。すぐに返信をして、一日がかりでフォトグラファー・ドライバー・フローリストへ連絡をして手配をしなおし3/16(月)に変更完了。だけど夜20時頃、ふと目にしたフランスのニュース記事で「本日の夜24時からレストランやカフェを閉める」と書いてある!とうとうStade3(ステージ3)になった…突然の事に呆然とする私。すぐにパリへご到着されたばかりのお客様へお電話をすると、「どこも開いていないなら明日・日曜日の朝にフォトツアーをしてすぐに帰国したい」とのこと…。フランス人フォトグラファーへ電話をし、私とフォトグラファーは明日は無理だという意見で一致。

日本のように学校は休校でも、フランスは経済活動を優先させると思っていたから、ここまでしなければならないほどの状況なのか…すぐにイタリアのようになるのだろう…とショックを受けた。夕方のフィリップ首相の会見を見過ごしていたので、22時頃に在仏日本大使館から送られてきた会見の内容をまとめたメールを読み、「フィリップ首相は,移動を少なくし,都市間の移動を避けることを求めています。集まるのを最大限避け,家族や友人との会合を制限し,公共交通機関は,職場に物理的に存在することが必須で職場に向かう際のみ利用することを求めています。また,真に必要な買い物,運動,投票等を除いて,外出しないでほしいと述べています」というこの一文が特に印象に残る。

※この日のお昼に保育園長から電話がかかってくる。「火曜日から再開するから粉ミルク持って来てね~」「メール見ました、1ヶ月くらい閉鎖すると思ってたから持って帰ってきたんですけどね…」「そうそう、私達もそう思っていたのよ~」電話では行かせるつもりはないとは言わないでおいた。

夜、夫が頭が痛いと言って先に寝た。体温を測るも熱はなし。私も後からベッドで寝ようかと思ったけど、念のため一緒に寝るのはやめようと思ってソファで寝た。(翌日には治っていたみたい)

3月15日
この日は日曜日。フランス市町村議会選の第一回目の選挙の日。とても綺麗な青空の晴れた日で、思わず外に散歩に出かけたくなったけど、昨日の今日なので家にいることにする。夕方のニュースでパリ市内のあちこちの公園、アンヴァリッド前の芝生、セーヌ河畔などに大勢の人達が詰めかけている映像が流れる。みんな選挙帰りで日光浴がしたくなったのだろう。私が想像していた外出を控える…というイメージとは程遠い光景に、驚いたし呆れてしまった。昨日も24時で閉鎖される前に「駆け込みでお酒を飲もう!」とバーに集う人、「予定していた旅行のフライトがキャンセルされた!」と言っている人(行くつもりだったの?!)、私と同じ様に思ったフランス人も多かったようで、これらの行動についてはフランスでも批判が多かった。

そしてこの日の夜から「3/17(火)からConfinement(コンフィヌモン・閉じこもるの意味)になるかもしれない」というニュースが流れ始める。

夜、保育園への回答をどうするかという話になる。「保育園は医療従者のために開けるんだと思う、うちは預けないで家で面倒をみるべき」という私に、「そんな事別に書いてないし、預けけてもいいんじゃない?」という夫。「そこまでして預けたいの?!医療従事者かどうかって質問アンケートに書いてあったでしょ、空気読んで!」二人の意見が一致しないので、「じゃあ預けるで回答していいよ。次に預けるのは木曜日だけど(うちは木・金の週2回だけの保育園契約)、どうせその前に外出禁止になると思うから」と私。

3月16日
朝から夫は歯医者へ。私も午後から別の歯医者へ行く予定だったが、電話がかかってきて「予約はキャンセルします」とのこと。軽くパニックになって「え?どういう事?病院でしょ?」「すべての予約はキャンセルします」「意味がわからない。緊急なの、お願い!」「ごめんなさい、マダム」と言われ、一方的に電話を切られてしまう。食料品店や薬局など生活必需品のお店以外は閉めるのは、もちろん知っているけど、歯医者は必要不可欠の部類なのでは…?と呆然とする。すぐにDoctolibで別の歯医者を検索するも、どの歯医者も予約不可となっている。歯医者へ行っている夫へ連絡すると「待合室で待っている」とのこと。そっちは営業しているんだ…。夫が行っている歯医者は私もホワイトニングやクリーニングで通っているので、ダメ元でお願いしてみようと直接電話をかけてみたら、「政府からの通達で今後15日間は予約は受けられない」「でもあなたの所、夫が今行っているんですけど今日開いてますよね?なんで私の歯医者には断られたの?」と聞くと、「私は予約センターの秘書だからわからないけど(フランスはクリニックによってはそういうシステム)、歯医者によっては今日の予約だけは受けるのかもね」なるほど。じゃあ、私はずっとパンスモンで過ごさないといけないのかぁ…。取れたら嫌なので、今もずっと片方の歯だけで噛んでいる。ちなみにこれをインスタのストーリーに載せたら、他のフランス在住の方も、歯医者からの予約をキャンセルされたそう。一人はお子さんの虫歯治療の予約、まだ痛みはないそうなので様子見だとか…。もう一人は歯科矯正の調整でブラケットもひとつ取れてしまっている状態とのこと…。

そしてまた保育園長から電話がかかってきた。「もう一度、保育園に預けるかどうか知りたい」「実はわからない、状況を見て決めようと思って」と答えると、「できれば、早めにどうするか知りたい」「夫と意見が違うんですが…やっぱり自宅で見れる人は預けない方がいいですよね?」と聞くと、「そんなことはないけど…」(え、そこははっきり言った方がいいと思うのに、なぜ遠慮するの…)「今、夫がいないから後でかけなおします」と伝えて一旦電話を切った。帰ってきた夫に言うと、私の歯医者のキャンセル話や世間のニュースを見てやっと状況がわかったのか、無事「保育園へは行かせない」ことになった。

夫が歯医者の帰りにモノプリの前を通ると、店の外まで長蛇の列だったそうだ。ものすごい人数が買いだめをするために押しかけていたらしい。夫は朝、歯医者に行く前にちょうどなくなっていた牛乳と玉ねぎを買うためにモノプリへ寄った。その時は、混んでいなくて普通だったとのこと。私が4日前にモノプリに行った時には、普通にパスタもあった。(見ただけで家にあるので買っていない)トイレットペーパーは家にあって新たに買う予定はなかったので、棚は見ていない。買いだめもしていない。物流が止まることはないだろうと中国やイタリアの例を見て知っていたので、いつもの量を少しだけ買った。(後日、実際に多くのスーパーでは1~2日後にはすぐに元通りの品揃えになっていたらしい。これは棚がすっからかんになったイギリスでも)

この土日は家から出てなかったので、外出禁止になる前にヴァンセンヌの森へ散歩をしに行くことに。人を避けて、誰もいない森の中の道を歩きながら「もう当分外に出られないんだ…」と悲しくなった。

夕方、向かいの部屋に住むお隣さんが訪ねてきた。「外出禁止になる前に、メゾン・ド・カンパーニュ(田舎の家)に行く。水道は閉めたし、鍵は管理人に預けるけど、一応何かあった時のために伝えに来た」と。私達と同年代の彼は、うちと同じ間取りに一人暮らし。十分広い部屋だと思うけど、それでも田舎の方がいいのね~と思う。(私だったら一人で田舎はちょっとさみしい。でもお庭があるのは羨ましい)私達の引っ越し祝いのパーティーに招待して以来、特に交流がなかったので、この時に初めて電話番号を交換した。

夜20時、マクロン大統領のテレビ演説。まだ国民が状況を理解できていないことへの怒りのようなものをひしひしと感じた。明日3/17の正午から最短15日間の外出禁止。 正確には完全に禁止ではなく、許可証の用紙をダウンロードして携行することで、外出は可能。45日間だと思っていたので、15日間で少しほっとする。どうせ延長するだろうけど、最初から長い期間を発表されるよりも心理的負担が少ない。たぶん政府もそれが狙いなのだろうと思った。どんな許可証なのか知りたくて、政府のコロナウイルスのサイトを何度かチェックしたけど、まだフォーマットは提示されていなかった。

3月17日
この日は、11時に小児科医で娘のワクチンと健診の予約がある。外出禁止がスタートするのはお昼の12時だけど、念の為許可証を持って行く事にした。朝になって許可証のフォーマットをダウンロードする事が出来た。外出は、(食料品店への)必要不可欠な買い物など、予め決められている理由に該当する場合のみ可能。1人で行う健康のための運動やペットの散歩も許可されているので、ずいぶん緩いな…と拍子抜けした。もっと厳しくしてもいいのに。外へ出ると、まだ12時前ということもあって、想像していたよりも多くの人が出歩いていた。スーパーでの買い物帰りの人。薬局やブーランジェリーの前には列が出来ていた。ちゃんと1mの間隔をあけて。マスクをしている人達もちらほら。私も道路を歩きながら、なんとなく人と近づきたくなくて1mの距離を保とうとしていることに気がついた。この2週間普通に過ごしてきたのに、滑稽だな、と思った。

小児科医のキャビネへ到着。体重や身長を測った後、私が娘に服を着せていると、医師が「ここから表通りがよく見える。最近はマスクをしている人を見かけるようになったけれど、きちんと付けられている人はあまりいない」と独り言のようにつぶやいた。私は「マスクの正しい扱い方、最近日本のニュースでも話題になってました」と答える。

夕方、友達家族4組でスマホの画面でアペロLIVE。画面が四分割になって、みんなでアペロしている気分が味わえる。フランスらしいなと思った。

保育園からメールが届いて、「政府の方針が変わったので残念ながら保育園は閉めることになりました。ただし政府が指定した職業に就いていて子供の保育支援が必要な方は遠慮なくご連絡を」と書いてあった。

3月18日
夜20時に医療従事者へ向けて拍手をした。イタリアでやっているのを知っていたので、外からパラパラと聞こえてきた時にすぐに気がついてバルコニーに出た。(彼らに感謝とエールを込めて拍手をするのだけど、今では自分達も励まされる貴重な時間になっている)

各国の状況を知りたくて、中国、イタリア・スペイン・ドイツ・イギリス・ベルギー・スイス・オランダ、アメリカのたびレジを登録した。中国は今でも一番厳しい警戒措置をとっていて、その事に軽く失望する。あと何週間、何か月かかるのだろう。

3月19日
テレビで血が足りないと言っていたので、夫が献血に行くという。表向きは人助けだけど、実はお天気がとてもいいので外に出たいから。自転車で少し先にある会場へ出向いた夫から、「すごい人数!」と写真が送られてきた。(みんな考えることは同じだったみたい。笑)警察が何事かとパトカー6台で駆けつけてきたけど、献血だと知るとすぐ帰っていたとのこと。長蛇の列だったので、結局2時間並んで、無事献血をしてきていた。動機が不純でも、2時間も待って献血するのは、みんな偉い!と思った出来事。(私だったら途中で帰っちゃうかも…)

3月19日
お義母さんの家にきてくれているお手伝いさんとそのご家族がコロナウイルスに感染したと電話で知る。夫が子供の頃から来てくれている方なので、長いお付き合い。おそらく彼女は60歳以上。私もお母さんの家で何度かお会いしたことがあった。お義母さんは持病があるのでコロナウイルスを警戒して人との接触をさけるため10日前から来なくていいと伝えていたとのこと。お手伝いさんも、お義母さんも何事もないといいのだけど…と心配になる。いよいよ知り合いレベルまで感染者が出てきた、本当に他人事じゃないと感じる。(その後、お手伝いさんは軽症で自宅療養と知り、お義母さんは今も元気なので少し安心する)

3月21日頃
イタリアで1日に約800人の方が亡くなった。

3月24日頃
国民教育相は、学校は9月まで休校する可能性を示唆。

3月27日
外出禁止は4月15日まで延長となった。延長はわかっていたことなので、驚きはない。イタリアで1日に1000人近い(969人)の方が亡くなったと聞いて、まだ感染のピークがきていないことにショックを受ける。フランスでは、基礎疾患のない健康な16歳のフランス人の女の子が亡くなった。

3月28日
スペインで1日に832人の方が亡くなった。

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今後も追記していきたいと思います。

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